望ましい入れ歯作りの臨床
入れ歯はまず精密な型どり(印象といいます)
次に約一週間後咬み合わせの位置をロウでできたパラフィンワックスを盛り上げたプラスチックの装置を口腔内に入れ複雑な咬み合わせの位置を再現します(咬合採得といいます)。
そしてその一週間後に咬み合わせの位置を再現したワックスに人工歯(入れ歯の歯)を並べ、その入れ歯の歯が顔に合うのか咬み合わせがズレてないかを確認しながら色々と調整・修正するのです(試適といいます)
。そして最終の本物の入れ歯が完成してきて口腔で様々な調整チェックを行い、装着となります。
まず一回目の型どりで患者さんのあご(歯ぐきの土台)に合った精密な型を採るためのプラスチックでできた個人トレーをつくります。
二回目にはこのトレーで正式な型をとります。トレーを患者さんのあごに合わせ、あごの周囲組織の動きや唾液を飲み込んだり舌を動かしたり吸う動きなどを型どりのトレーに表し、この型に石膏を流して正式な模型をつくり、この模型上でいよいよ入れ歯をつくっていきます。ここまでの治療・作業はあごや歯ぐき・粘膜などの組織の精密な状態を現した模型をつくるためのステップです。
模型に咬み合わせや歯並びを再現
この模型の上にワックスを盛り上げた装置を作り、口腔内で慎重に人工歯を患者さんの顔に合ったように並べる基準を記録します。そして複雑な咬み合わせも再現します。この咬み合わせや人工歯の並ぶ位置を決めることにより今後の入れ歯のかみ合わせの高さ、歯の咬み方、歯の並び方がほぼ決まります。
入れ歯の完成時の最終の咬み合わせの調整は最も大切ですがその元は、この咬み合わせの治療にあります。咬み合わせを記録する治療は、患者さんに治療イスに座ってもらい緊張したなかで行われますので、日常でのリラックスした状態での咬み合わせとは微妙に異なる事もあり、最終装着時の咬み合わせの調整やその後の調整により正しい位置に落ち着かせます。装着後に食事をする場合も当然治療中の咬み合わせの咬む運動とは異なることも多いので更に慎重な咬み合わせの調整が必要となることもあります。
咬み合わせというのは特に難症例ではなかなか一定の位置に落ち着かない
この咬み合わせの位置はお分かりのように、おおまかには正しいのですが、非常に曖昧さ持った咬み合わせの再現という治療になります。
昔、私が若い頃歯科大学の総義歯教室で総義歯治療の研究会が行われました。その時、ベテランの総義歯教室の先生が担当した総義歯の患者さんの治療で咬み合わせの再現の治療で行われた咬み合わせの位置は次回の治療日に確認したところ5人のうち2人の患者さんは正しくなく再度とりなおし次のステップに進みました。
当時の若い私は大学の総義歯教室のベテランの先生でも咬み合わせが間違うことがあるのかと驚きましたが、今思えばそれは間違えたわけではなく、人の咬み合わせというのは難症例になればなるほど、一定の位置におさまりにくいということだったのです。咬み合わせは上下の自分の歯でしっかり咬み合う歯がある場合は咬み合わせの位置が一定の位置に決まりやすいのですが、残った上下の歯同士の咬み合わせがない場合や上下に自分の歯が少ない人の咬み合わせは一定の位置におさまらない事が多いのです。むしろそれが普通ではないかと思います。難症例ほど常に微妙に変化しておりその時々で異なるといっていいほどです。
咬み合わせというのは入れ歯づくりの難症例ほどでなくても通常の治療でも年齢が増すほど微妙に咬み合わせは変化しているもので通常の修復物を入れる際に調整が必要なのもこのようなこともその原因の一因と思われます。
常に微妙に動く咬み合わせを口腔内で調整・再現するのが歯科医の重要な技術
刻々と変わる咬み合わせを治療の各ステップでいかに修正・調整していくかがむしろ歯科医の重要な技術ではないかと思います。患者さんにはわかりにくいところですが、歯科医はこの咬み合わせが少しでも患者さんの楽な咬み合わせになるように、力を注ぎます。
様々なファクターが複雑に影響する口腔の問題を扱う歯科医療という分野は(一般の医科の場合ももちろん同じですが)理論重視のみでは解決されないことが多く柔軟な臨床判断が実に肝要であると思います。人の顎口腔系の全体像には、中枢神経、精神状態(ストレスは咬み合わせに大きな影響があります)、末梢神経系、筋肉の協調、顎関節、歯、歯周組織、あごの骨等の複雑きわまりない連携で成り立っています。この働き・動きはただの理論だけでは簡単に再現できないと強く認識して、患者さんと接するのが私たちの心構えです。
わたし達歯科医はコンピューターでもとても再現出来ない生体を敬虔な気持ちで試行錯誤を繰り返し、確認しながら長年の経験を加味し慎重に治療を進めます。全国の歯科医の先生方もこの点は全く同じであると思います。
正しい咬み合わせを探すと同時に患者さんの顔に合った歯並びを探す
この咬み合わせと同時に歯科医は患者さんの入れ歯を審美的により若々しく自然に並んだ歯をいかに並べるかの記録をワックスで形に表します。ワックスを足したり削ったり唇を閉じたり開いたり、顔全体を見ながら若々しく入れ歯候ではない自然な歯を再現するようにワックスを仕上げます。そして、技工士さんがこのワックスのふくらみに沿って歯を並べれば自然に私たちが並べたい患者さんに合った歯並びになるのです。
技工士さんが打ち合わせどおりにワックス上に葉を並べる
型をとり、咬み合わせと歯を並べる位置を決めいよいよこの決まった位置に、技工士さんが歯(人工歯)を並べます。そしてその歯を口腔で患者さんに合うように調整したり、時には並べ直します。それが「入れ歯の試適」のステップです歯科医は型をとると技工士さんと様々な観点から完成に向けて打ち合わせをします。患者さんから借りた昔の歯のあった頃の写真も参考にします。
そして各ステップで歯科医は治療で得た患者さんの情報や入れ歯づくりの様々な方針を具体的に詳しく技工指示書に記載し技工士さんへの入れ歯づくりの指示とします。今回の咬み合わせはこのような咬み方にしてもらう、こんな歯並びに並べてもらう、維持となる歯にはこんな装置を使用するなどとこと細かに支持を出します。技工士さんは歯科医の指示と歯学の原則に従って綺麗にワックスの上に並べていきます。
標準的に綺麗に並んだ歯を歯科医は口腔内でその人その人に合った生き生きとした歯に
甦らせる。
そしてこれから歯科医がその患者さんの顔と口に合った自然な生き生きとした、若々しい個性的な歯に並び変えるのです。この「歯の試適」のステップでは、患者さんのベストの最も審美的な歯並びをイメージします。
患者さんの雰囲気、性格、顔の形などを見ながら、患者さんにとってベストな審美的な歯並びを追求します。患者さんにも鏡で見てもらいながらこの作業を繰り返しているうちのある段階になると、私も患者さんも「この形だ」という歯並びが現れるのです。
時には長時間かかることもあります。初めから少しの修正でピッタリとしっくりすることもあります。大きな入れ歯である程、長時間を要することになります。歯というのは本来、中高年になると天然歯であれば凸凹してくるのが自然です。男性のほうが凸凹度合いは大きく、女性はやさしく並んでいます。
歯の形も男性は角ばっているが、女性は丸っぽいなど、性別、性格も人工歯に表わします。それによって自然さが出てくるのです。あまり綺麗にならんでいても入れ歯そうろうで不自然です。鼻の下の唇の部分がへこんで見えたり、シワが目立ったりしないように唇の周りはふっくらさせるように歯肉の部分もやや膨らませたり、歯もへこんだ状態にならないように並べたり、それでいてあまり歯が見え過ぎたりしていてはおかしいなどチェックしながら並べます。
機能と審美は相反する場合もある
ただ、特に歯ぐきの土手のない人が良く咬めて、かつ歯並びは若々しく、唇もふっくらと並べてほしいということになるとなかなか大変です。土台のない型の入れ歯は審美と機能が相反するところがあるからです。
例えば、鼻の下の唇や頬の部分を膨らませれば、その部分の筋肉が入れ歯を押し、入れ歯が落ちやすくなるからです。しかし歯科医はなんとか患者さんの希望を表現したいと真剣にできるだけ対応します。
このような歯並びの調整と平行して、咬み合わせも当然チェックします。特に難症例では咬み合わせはミクロン単位の調整です。微妙にずれている場合もあります。その時には正しい咬み合わせをもう一度取り直し修正することもあります。このような試適が済んでからようやく次回の完成のステップに移ります。完成のステップではこの試適でチェックしたり直した義歯をいよいよ技工士さんが慎重に正確に最終完成をしてくれます。技工士さんは入れ歯づくりで非常に重要な役割を担っています。
名駅歯科では数件の技工所にコーヌス義歯、金属床義歯、ソフトデンチャー、審美義歯等の義歯の種類やセラミックスなど各々得意とする技工所に発注しベストな入れ歯、セラミックス修復物の製作に心がけています。同じ技工所でも患者さんのケースの内容により技工士さんを指名してベストな入れ歯・修理物を目指しています。